こんなにもいろいろが怒るのはわたしの問題なんやろうか。
少しの問題をさも大問題かのように受け取ってしまっているのだろうか。
そうして自らの精神に負担をかけて病んでいるのだろうか。
その可能性は大いにある。
もうミドサーになってしまった。
はやくに結婚したかった。人生に、結婚に、恋愛に、幻想をみていた。
幼いころ、映画が好きなこどもだった。同じ映画を何度も何度も観ていた。小学校高学年に差し掛かるころには、当時やってた金曜ロードショーだったか、あと深夜のやつも含めて、新聞のテレビ欄の見方を覚えて録画の仕方も覚えて、片端から撮っては観てた。
映画の世界を現実世界と照らし合わせてみてた。ハッピーエンド、真面目に真摯に生きていれば報われるし、ピンチの時には都合よく誰かが、理想的な救世主が、助けてくれるものだと思ってた。
映画にはエンドがある。めでたしめでたし。困難を乗り越えた先には永遠のハッピーが続いているものだと疑いもしなかった。
ふみ君。このブログにも書いた人。私にとって理想的な救世主のような人だった。付き合って、知っていけばいくほど理想的で……めでたしめでたし。
令和になる直前に別れた。結婚をしないと決めたのは私。喧嘩をふっかけたのも私、それですがったのも私。最後は幻滅された。「気持ちが続かない」って。
わたしに問題がある。
今になってわたし、親に当たり散らしてる。
『どうして私の感性を殺してあなたたちの頭の中にある普通を強要したの』
『おかげで私はふつうではなくなった』
何度も言う。10代20代でもない。わたしはもうミドサー。
自分でどうにかしろってね。そう。わかってる。
わかってる。
私は私を可哀想だと思ってる。どうして私ばっかりこんな目に。
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私に必要なのはカウンセリングなのだろうか。私はもう自分で自分のことを解決できる気がしない。気持ちの、精神の、話のように思う。
『孤独は人を狂わせる』って言葉がある。何かで見たのか聞いたのかは忘れたけれど、孤独が一番良くないんやてね、人間にとって。
私にとってはドンピシャで、確かにそうだと思う。
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